太平洋戦争と新聞の真実|なぜ大本営発表の嘘を報じ国民を煽ったか

太平洋戦争と新聞の真実|なぜ大本営発表の嘘を報じ国民を煽ったか

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1945年8月15日の敗戦を迎えると、日本の新聞界には前例のない劇的な地殻変動が起こりました。前日まで「本土決戦」「一億玉砕」を叫んでいた新聞各紙は、わずか数日のうちに「民主主義の旗手」「平和の守護者」へとその論調を180度転換させたのです。

この極端な変節は、知識人や読者から「ペンの節操なき転向」として強い批判を浴びました。朝日新聞は1945年11月、紙面上に「国民と共に立たん」と題する宣言を掲載し、経営陣や編集幹部が退陣することで戦争協力の責任を形式上表明しました。しかし、戦前の主戦論を主導した組織そのものが解体されることはなく、メディア各社の戦争責任追及は中途半端な検証にとどまったという批判は現在に至るまで根強く残っています。

一方で、戦後の報道現場には新たな統制が待ち受けていました。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が1945年9月に発令した「プレスコード(新聞倫理規程)」です。これにより、連合国に対する批判、原爆投下による被害実態の報道、GHQの政策に対する異論など、計30項目にわたる厳格な事前・事後検閲が実施されました。軍部による検閲からGHQによる検閲へと看板が掛け替えられただけで、日本のメディアは戦後直後も再び外部権力による言論制限を経験することになりました。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。