現在の華やかなプールがある背景には、過去に命を落とした歴代個体たちの尊い犠牲と、そこから得られた獣医学的・飼育管理上の痛切な教訓が刻まれています。名古屋港水族館における歴代シャチの死亡理由を振り返ることは、展示動物福祉の向上を考える上で避けて通れません。
同館で飼育された歴代個体の歩みと、公表されている死因の記録は次の通りです。
- 初代・クー(Kū / 雌):2003年10月に和歌山県太地町から搬入され、約5年間にわたり市民に親しまれました。しかし2008年9月19日に急死。死因は「亜急性壊死性リンパ節炎」に伴う心不全・呼吸不全と診断されました。国内長期飼育への挑戦初期における手痛い別れとなりました。
- 2代目・ナミ(Nami / 雌):2010年6月に太地町くじらの博物館から受け入れられたものの、わずか7か月後の2011年1月14日に死亡。死因は「真菌性肺炎」でした。さらに病理解剖の過程で、胃の中から以前の飼育環境で飲み込んだとみられる約80kg超もの小石や異物が発見され、水棲哺乳類の胃内異物管理に関する全国規模のガイドライン見直しへ発展しました。
- 大黒柱・ビンゴ(Bingo / 雄):2011年12月にステラ、ランとともに鴨川シーワールドから移籍。体長6.5mを超える巨大な体で来館者を沸かせましたが、2014年8月2日に推定32歳で死亡。死因は「呼吸不全(肺疾患)」でした。高齢期に差しかかっていたビンゴの死は、雄シャチの健康寿命の維持という難題を突きつけました。
これらの悲痛な経験を経て、名古屋港水族館の医療体制は劇的な進化を遂げました。定期的な内視鏡検査の導入、血液検査データの日常的蓄積、プール底面の異物混入防止センサー、水質ろ過設備の超高度化など、現在の「アース」と「リン」の健康美は、先代たちが命を賭して遺した知見の上に成り立っています。