日本オペラ振興会を理解する上で外せないのが、その母体となった二つの異なる歴史的オペラ団体の成り立ちです。統括組織としての日本オペラ振興会は1981年(昭和56年)に発足しましたが、傘下の団体はそれぞれ独自の原点を持っています。
まず、西洋オペラ公演の中核を担う「藤原歌劇団」は、1934年に“吾等のテナー”として一世を風靡した声楽家・藤原義江によって創設された日本最古のプロ・オペラカンパニーです。プッチーニの『ラ・ボエーム』日本初演を手掛けるなど、ヴェルディ、ロッシーニ、ドニゼッティといったイタリア・オペラを中心に、華やかな西洋グランドオペラの神髄を日本に根付かせてきました。
対する「日本オペラ協会」は、1958年にバリトン歌手の大賀寛らによって創設されました。その目的は「日本語によるオリジナルオペラの創造と普及」です。『夕鶴』をはじめ、日本固有の民話、文学、歴史を題材にした創作オペラを次々と委嘱・初演し、独自の芸術的境地を切り拓いてきました。
かつては別個に活動していた両団体ですが、莫大な制作費がかかるオペラ制作の合理化、国際水準の舞台維持、そして国や企業からの公的支援の受け皿を一本化するため、1981年に事業を統合。これにより誕生したのが財団法人(現・公益財団法人)日本オペラ振興会です。歴代役員には五十嵐喜芳をはじめとする声楽界の巨頭が名を連ね、日本のクラシック音楽政策と二人三脚で歩みを進めてきました。
現在、団員名簿には正団員・準団員・会友を含め約1000名の歌手が登録されており、名実ともに国内最大規模のオペラ・ネットワークを形成しています。