甲斐国名前の由来と理由については、古代の文献や地勢的特徴から主に3つの有力な説が提唱されています。山梨県立博物館の学術資料や古代地名研究の記録を紐解くと、自然地形と交通の要衝という2つの側面が浮かび上がってきます。
第1の説は、最も有力とされる「山の狭間(山間=かい)」説です。『古事記』や『日本書紀』にも登場する古代語の「かひ」は、山と山の間、峡谷や盆地を意味します。南アルプス、八ヶ岳、秩父山系、そして富士山という標高2,000〜3,000メートル級の険峰に四方を厳重に囲まれた甲府盆地の景観そのものが、「山の間にある国=甲斐」と呼ばれた原点とされています。
第2の説は、東西南北の道が交差する「行き交ひ(ゆきかひ)」説です。山に囲まれた閉鎖的な地形に見える甲斐ですが、古くから信濃国(長野県)、駿河国(静岡県)、武蔵国(東京都・埼玉県)、相模国(神奈川県)へと抜ける峠道が放射状に伸びていました。物資や人々が盛んに行き交う交差点であったことから「交ひ」が転じて「甲斐」となったという見解です。
第3に、木曽・千曲川方面へ抜ける「峡(かい)」の字が当てられ、大化の改新以降の好字令(地名に縁起の良い二文字の漢字を当てる法令)によって「甲斐」の文字が定着したとされています。「甲」は第一・筆頭を意味し、「斐」は美しい・優れているを意味する吉祥文字です。過酷な山岳環境を生き抜く誇りが、この名に刻み込まれているのです。