渥美さんの遺作となったのが、1995年12月に公開されたシリーズ第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』です。この作品の撮影時、渥美さんの体内では肺がんの転移が進行しており、日常生活を送ることすら困難な状態に達していました。
舞台となった阪神・淡路大震災直後の神戸ロケや、奄美大島での過酷なロケにおいて、渥美さんは歩行すら覚束ないほどの体調不良に陥っていました。現場では出番の直前までロケバスの中で横になり、脂汗を拭いながら撮影の瞬間を待っていたと伝えられています。山田洋次監督も渥美さんの異変を感じ取りながら、あえて病名を問い詰めることはせず、立ち姿のシーンを極力減らし、腰を掛けた状態での会話劇を中心に脚本を再構成しました。
スクリーンに映る寅さんは、痩せた頬を笑みで覆い、神戸の被災者を励ます温かいまなざしを向けていました。自らが死の淵にありながら、他者を思いやる役柄を完璧に演じ切ったその姿は、映画関係者の間でも「役者という生き物の極限」として語り継がれています。