安岡正篤と細木数子の関係とは?婚姻無効判決と遺産騒動の真相

安岡正篤と細木数子の関係とは?婚姻無効判決と遺産騒動の真相

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昭和という時代において、安岡正篤 歴代首相指南役としての影響力は絶大でした。吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、中曽根康弘に至る歴代総理大臣が師と仰ぎ、東洋古典や陽明学の知見をもって国家の重要判断に関与した孤高の東洋思想家です。終戦の詔勅(玉音放送)の推敲を手がけ、後には元号「平成」の考案者の一人としても知られるなど、まさに国家の中枢に鎮座する巨星でした。

一方の細木数子氏は、銀座のクラブ経営などを経て興行界や政財界の周辺で人脈を広げていた実業家・占術家であり、二人の住む世界は本来交わるはずのないものでした。記録によると、安岡正篤 細木数子 馴れ初めのきっかけは1983年の初頭、細木氏が出版関係者を通じて安岡氏主宰の勉強会や関係機関に接触したことでした。

細木氏は持ち前の行動力と巧みな話術で、長年連れ添った妻を亡くして孤独を深めていた安岡氏の懐へと急速に入り込みます。周囲の側近や門下生が異変に気づいたときには、細木氏が安岡邸に頻繁に出入りし、身の回りの世話を名目に側近たちを遠ざける体制が作られていました。そして1983年7月、安岡正篤 細木数子 年齢差にして実に40歳差(安岡氏85歳、細木氏45歳)の電撃婚約が突如として発表され、世間に大きな衝撃を与えたのです。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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