術後管理に関する情報には、一般に広く信じられているものの、医学的に極めて危険な誤解が幾つか存在する。確実な術後合併症の予防と対策を講じるためにも、これらの盲点を正しく認識しておかなければならない。
誤解1:「平熱だから感染症は起きていない」という油断
「熱が出ていないから大丈夫」と過信する患者や家族は多い。しかし、高齢者やステロイド内服中の患者、著しい免疫低下状態にある患者では、重篤な腹膜炎や肺炎が進行していても体温上昇がみられない「無熱性感染症」が頻発する。体温計の数字だけでなく、「いつもより活気がない」「会話の受け答えが鈍い」「呼吸数が1分間に22回を超えている」といったバイタルサインの微細な崩れこそが決定打となる。
誤解2:「傷口を毎日消毒しなければ化膿する」という古い常識
かつては術後の創部を毎日イソジン等の消毒液で拭く光景が一般的だったが、手術後感染症の最新予防ガイドライン(CDCおよびWHO基準)では、これが明確に否定されている。強力な消毒剤は、創傷治癒を担う新生肉芽組織や皮膚常在菌叢を傷害し、かえって感染リスクを高めることが判明したためである。現在では、術後48時間以降は創部が上皮化していればシャワー洗浄による保清が推奨され、過度な消毒は行われない。
誤解3:「痛み止めを使いすぎると癖になる・傷の治りが遅れる」という心理的抵抗
「鎮痛薬に頼ると依存症になるのではないか」「痛みを耐える方が治りが早い」と思い込み、ナースコールを躊躇するケースが後を絶たない。しかし、耐え難い痛みは交感神経を過剰に緊張させ、末梢血管を収縮させて局所の組織血流を著しく悪化させる。結果として組織の酸素化が滞り、創傷治癒の遅延や縫合不全のリスクを跳ね上げる。適切な鎮痛は、精神的安寧だけでなく生物学的な治癒を促進する「治療」そのものである。