かつて週末ともなれば駐車場が満車になるほどの活気を見せていた道の駅 飛騨たかね工房が、なぜ機能不全に陥ったのか。その経緯を紐解くと、地方中山間地域が直面する複数の構造的リスクが浮き彫りになります。
道の駅 飛騨たかね工房は、旧大野郡高根村が1990年代後半に整備を進め、2000年代初頭に登録された施設です。2005年の高山市への市町村合併以降、公の施設の運営は指定管理者制度へと移行しました。当初は地元有志による第三セクターや営農組織が運営を担い、高根コーンや赤かぶ漬け、木工品などの地場産品を武器に健闘していました。
しかし、2010年代半ばから経営環境は急速に悪化します。背景には大きく3つの要因が存在します。
第一に、国道361号のバイパス整備と通過交通の変容です。道路改良が進んで走行性が向上した結果、ドライバーが高根町内で滞留せず、そのまま高山市街地や長野県木曽方面へ通り抜けてしまう「通過型ルート化」が加速しました。
第二に、運営主体の採算性悪化と担い手不足です。過疎高齢化率が50%を超える限界集落のなかで、飲食や直売所のスタッフを確保することが年々困難になりました。売上の減少と人件費・光熱費の高騰が重なり、直売部門の赤字が累積。最終的に指定管理者が運営継続を断念し、撤退を表明するに至りました。
第三に、高山市が抱える公共施設の統廃合問題です。高山市は日本一広い面積を持つ基礎自治体であり、市内全域に多数の公共施設を抱えています。築20年以上が経過した飛騨たかね工房の大規模修繕には数千万円単位の公金投入が必要と試算されましたが、人口減少下における投資優先順位のなかで、費用対効果の観点から巨額予算の執行が見送られてきた経緯があります。