猛烈なスピードで復興を遂げた昭和の日本。しかし、その陰で東京や大阪といった大都市圏は深刻な人口過密と公害問題に喘ぎ、地方は若者の流出によって骨抜きにされつつあった。この歪んだ構図に真っ向から切り込んだのが、元首相である田中角栄だ。
彼が提示したビジョンは、全国を高速交通網で結びつけ、都市と地方の所得格差を平準化するという、まさに国家の骨格を改変する巨編だった。工場を過疎地へ誘導し、工業再配置を推進する。農村の次男・三男が故郷を離れずに稼げる社会を作るという発想は、地方の暮らしに革命的な希望をもたらしたのだ。
だが、現実は甘くなかった。構想が発表されるや否や、全国で猛烈な土地買収合戦が勃発。さらに石油ショックが直撃し、日本経済は戦後初の狂乱物価とマイナス成長に見舞われる。夢のような国土建設の野望は、途方もないインフレと環境破壊という暗い影を落としながら、暗雲の中へと呑み込まれていった。