離婚発表の直後、世論はメディアの暴走に対する怒りと、あまりの急展開に対する戸惑いで二分されました。特に現場の記者や仙台の地元住民が目撃していたのは、異常としか言いようのない取材の狂騒でした。
羽生選手の地元・仙台の自宅マンション周辺には、昼夜を問わず県外ナンバーの不審車両が停まり、望遠レンズが居室に向けられていました。さらに、末延氏の故郷である山口県光市にも複数のメディアが押し寄せ、高齢の親族や近隣住民にまでマイクを突きつける事態が発生していたのです。SNSや知恵袋などでは、「なぜもっと守れなかったのか」「結婚を非公表のまま貫くべきだったのではないか」という声も上がりました。
しかし、特番インタビューや自著・手記で幾度となく「自分のスケートで誰かを傷つけたくない」と語ってきた羽生選手にとって、パートナーが一歩も家から出られず、親族までもが危険に晒される現実は、耐え難い精神的拷問に等しかったはずです。現場の状況を冷静に見つめ直せば、105日という期間は「無責任な投げ出し」ではなく、パートナーの尊厳と生命を守るために打てる唯一かつ最後の防衛策であったことが理解できます。