障子(しょうじ)の枠のように仕切られた土の壁。障子堀と呼ばれるこの独自の掘削技法こそ、北条流築城術の真骨頂である。名将・北条氏康の時代から試みられ、進化を遂げた土木技術は、石垣に乏しい関東平野の地形を完璧に計算に入れたイノベーションだった。
堀の深さは数メートルに及び、底部には格子状の畝(うね)が張り巡らされている。ひとたび滑り落ちれば、足場のない泥と激しい傾斜に足を取られ、身動きが取れなくなる仕組みだ。城壁の上からは弓矢や鉄砲の集中砲火。まさに一度入れば二度と出られぬ死の罠だ。後北条氏が誇る最先端の防衛思想が、この美しいワッフル模様の正体にほかならない。