土方歳三が類まれなる美男子であり、当代随一の「モテ男」であったことは、後世の創作ではなく現存する一次史料によって明確に証明されています。
その決定的な証拠が、元治元年(1864年)頃に歳三が故郷の義兄・佐藤彦五郎や親友・小島鹿之助へ送ったとされる自慢の手紙です。歳三は手紙の中で、京都の花街(島原や祇園、先斗町)の芸妓や舞妓から贈られた大量のラブレター(恋文)の束を同封し、以下のように書き送っています。
「差し入れ候文の数、島原にて三人、祇園にて二人、北野にて一人、大坂新町にて二人……都合二十八通に及び候。これみな報国の心あるがゆえにして、私情にあらず候」
「京都や大坂の女性たちからこれだけ言い寄られて困っている」という内容を、わざわざ「自分に国を憂う志があるから女が寄ってくるのだ」と言い訳を添えて田舎の仲間に自慢する姿は、鬼の副長として恐れられた男の極めて人間味あふれる一面を示しています。
また、現代に伝わる有名な「洋装で椅子に腰掛けた肖像写真」(田本研造撮影と伝わる写真)のインパクトも見逃せません。漆黒の髪をオールバックに撫で付け、鋭い眼光と高い鼻筋、整った顎のラインを持つその姿は、加工技術のない幕末当時の実像であり、彼が名実ともに「幕末最強のイケメン」であった動かぬ証拠です。