昭和の大相撲を制した第44代横綱・栃錦の伝説と引退の真相

昭和の大相撲を制した第44代横綱・栃錦の伝説と引退の真相

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大相撲の歴史において、社会全体を巻き込む空前のブームを起こした対決として語り継がれるのが栃錦 若乃花 名勝負の数々です。昭和20年代後半から30年代にかけて展開された「栃若時代」は、敗戦からの復興を遂げつつあった日本社会に計り知れない活力を与えました。

東京都江戸川区出身の栃錦(本名:大谷清隆)は、1938年(昭和13年)に春日野部屋へ入門。当初は軽量ゆえに出世を危ぶまれましたが、猛稽古によって卓越した技能を磨き上げ、1954年(昭和29年)秋場所後に第44代横綱へと昇進を果たします。

栃錦と初代若乃花のライバル関係が頂点に達したのが、1960年(昭和35年)春場所の千秋楽です。両者ともに初日から土つかずの14連勝を記録し、相撲史上で前代未聞となる「14戦全勝同士による千秋楽横綱相星決戦」が実現しました。当時のNHK中継は記録的な視聴率をマークし、日本中の視線が両国・蔵前へと注がれる中、栃錦は若乃花の下手投げに屈したものの、互いの矜持がぶつかり合った一番は「昭和最高の名勝負」として歴史に深く刻まれています。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。