三大財閥の成り立ちを紐解くと、それぞれのルーツは江戸時代の豪商から幕末・明治の動乱期にまで遡ります。グループの根本にある企業DNAは、まさに創業者の生き様と家督承継の歴史そのものです。
三井グループの原点は、江戸時代初期に三井高利が創業した呉服店「越後屋」と両替商にあります。当時としては画期的だった「現銀掛値無し(店頭での現金正札販売)」を武器に商人としての地位を確立しました。三井家は家訓「宗寿遺言」をベースに、一族の資産を一体管理する「三井十一家」の同族組織を形成し、日本初のプライベートバンクである三井銀行の設立へと繋げていきました。
住友グループは三大財閥の中で最も古い歴史を持ち、約400年前の江戸初期に住友政友が説いた商人道「文殊院旨意書」と、義兄の蘇我理右衛門が開発した銅精錬技術「南蛮吹き」を礎としています。愛媛県の「別子銅山」の経営を通じて富を築き、近代日本の重工業化を支えました。住友家系図における家長の理念「浮利を追わず(目先の利益に惑わされず、着実な実業を重んじる)」は、現在の住友グループ各社にも脈々と受け継がれています。
一方、明治維新の波に乗って急速に台頭したのが三菱グループです。土佐藩出身の岩崎弥太郎が1870年に設立した九十九商会(後の三菱商会)を起源とし、海運事業で莫大な利益を上げました。政府の庇護を受けつつ鉱山開発、造船、金融、貿易へと事業を拡大した弥太郎は、強力なトップダウン型の指導力で組織を牽引しました。岩崎家の血族による強固な指導体制のもとで形成された統率力は、後の「組織の三菱」という企業文化の原型となっています。
これら三大財閥に、金融王として知られる安田善次郎が築き上げた安田財閥(富士銀行・安田生命などを傘下に擁した金融特化型財閥)を加えたものが「四大財閥」と呼ばれます。安田財閥は重工業や商業部門を持たず金融に特化していたため、総合産業コングロマリットとして発展した三菱・三井・住友が「三大財閥」として際立った存在感を保ち続けています。