千日回峰行の過酷さを象徴する最大の関門が、700日を満行した直後に執り行われる「堂入り(どういり)」です。比叡山延暦寺の無動寺明王堂に籠もり、足掛け9日間(約180時間)にわたり、一滴の水も飲まず、一切の食物を断ち、一睡もせず、横になること(横臥)すら禁じられる「断食・断水・不眠・不臥」の苦行です。
現代の生理学・法医学の常識において、人間は水を一滴も補給しなければ4日から5日程度で脱水症状や電解質異常、多臓器不全により死に至るとされています。堂入りが足掛け9日という「医学的致死領域」を超えて成立している背景には、行者が堂内でほとんど身動きをせず、消費エネルギーと代謝を極限まで抑制する特殊な身体状態があります。
生還した歴代大阿闍梨の手記や特番インタビューの記録によると、堂入り中の体内では凄絶を極める変化が巻き起こります。
- 2〜3日目:体内の水分と糖分が枯渇し、強烈な口渇と倦怠感に襲われる。呼気からは脂肪酸の不完全燃焼による強いアセトン臭(飢餓臭)が漂い始める。
- 5日目:1日1回、深夜2時に本尊へ供える水を汲みに行く「取水(しゅすい)」の儀礼が唯一の歩行機会となる。この日以降、口をすすぐ「うがい」が許可されるが、水を含んだ前後の器の重さを量り、一滴でも飲み込んでいれば行は失敗と見なされる。
- 7〜9日目:尿や汗の排泄はほぼ停止し、血液は極度に粘度を増す。体温は低下し、皮膚は白蝋化して生きた人間から「死臭」に近い異臭が放たれるようになる。
驚くべきは、肉体の衰弱と反比例して研ぎ澄まされる感覚器官の覚醒です。達成者の述懐によると、数キロ先を走る自動車のタイヤの軋む音、谷底のせせらぎ、さらには線香の灰が台座に落ちるかすかな振動音すら耳元で炸裂するように知覚されたといいます。また、人の肌の匂いや風の匂いから気象の変化を正確に察知するなど、感覚遮断と生命維持の狭間で脳の潜在能力が異常な亢進状態に達することが、千日回峰行 堂入りの真相として医学界・心理学界からも強い関心を集めています。