新旧交代のドラマを語る上で欠かせないのが、東京タワーの歴史と知られざる誕生秘話です。戦後の焼け野原から復興を遂げようとしていた1950年代、各テレビ局は自前で電波塔を乱立させており、景観悪化やアンテナ方向の混乱が社会問題化していました。この状況を打破すべく立ち上がったのが、「産経新聞」創業者でもある前田久吉と、「耐震建築の父」と称された内藤多仲博士でした。
当時の技術水準において、台風や大地震に耐えうる333メートルの自立式鉄塔を設計することは無謀とも言える挑戦でした。計算尺と手計算のみで膨大な構造計算書を書き上げ、わずか1年半という驚異的な短期間で完成させた現場には、熟練の鳶職人たちによる命懸けの架設作業がありました。
さらに後世に語り継がれる逸話として、タワー上層部(特別展望台から上)に使用された鉄材の一部に、朝鮮戦争で使用された米軍戦車のスクラップが溶かし込まれていたという事実があります。当時の高品質な高張力鋼を確保するため、破壊された戦車約90台分が再利用されました。「兵器から平和と復興の象徴へ」という強い意志が込められた鉄骨は、今もなお港区の青空に鮮やかなインターナショナルオレンジとホワイトのツートンカラーを誇らしげに描き出しています。