WWE殿堂入りにおいて、日本国内の知名度や実績だけでは門戸は開きません。とりわけ選考理由が克明に表れたのが、ブル中野とグレート・ムタの選出劇でした。
2024年に日本人女子レスラーとして初の殿堂入りを果たしたブル中野は、1990年代半ば、当時のWWFマットにおいてライバルのアランドラ・ブレイズと熾烈な抗争を展開しました。当時のアメリカ女子プロレスは、美しさを前面に出すディーバ路線が主流であり、ハードな打撃戦や危険な立体技はタブー視されていました。しかし、ブル中野はその圧倒的な巨体と青い逆立ち髪、凄惨なギロチンドロップで米国の観客の度肝を抜いたのです。WWEチーフ・コンテンツ・オフィサーであるトリプルH(ポール・レベック)は、「彼女は時代を何十年も先取りしていた真のゲームチェンジャーだ」と公式に賛辞を贈り、現代のシャーロット・フレアーやベッキー・リンチらが活躍する礎を築いた功労者として讃えました。
殿堂入り式典において、ブル中野は流暢な英語で「30年前にWWF女子王者になったとき、私はいつかこの場所に戻ってくると信じていました」と堂々とスピーチを披露。その凛とした佇まいと感謝の念は、フィラデルフィアの会場を総立ちにさせました。
一方、2023年に顕彰されたグレート・ムタは、WWEの直接のリングではなく、ライバル団体だったWCWで伝説を築いたレスラーです。かつてアメリカにおいて東洋人レスラーに押し付けられていた「下駄を履き、卑怯な反則をする田吾作スタイル」を完全に破壊し、オリエンタリズムを洗練されたダークヒーローへと昇華させました。顔面ペイントと毒霧というビジュアルショックは、スティングをはじめとする米国のトップスターたちに多大なインスピレーションを与え、WWEのレギュラー経験が皆無に近い武藤敬司を「プロレスの歴史そのもの」として迎え入れたのです。