なぜ犯行は2017年のこのタイミングで行われたのか。その背景には、神社の最高決定権を巡る神社本庁との組織的トラブルと孤立化がありました。2010年に父・興永氏が死去した後、富岡八幡宮の役員会は長子氏を正式な宮司に推挙することを決定し、包括宗教法人である神社本庁に宮司任命を具申しました。
しかし、神社本庁側は何年もの間、長子氏の宮司任命を保留し続けました。女性宮司に対する内部の慎重論や、追放された茂永容疑者側からの度重なる妨害工作・怪文書の送付が影響していたとみられています。膠着状態にしびれを切らした富岡八幡宮側は、2017年9月に神社本庁から正式に離脱(単立化)を強行。長子氏は自らの手で第21代宮司へと就任しました。
この離脱と長子氏の正式就任は、茂永容疑者にとって「富岡八幡宮への復権が永久に断たれた」ことを意味しました。神社本庁の枠組みが外れ、神社の莫大な資産や発言権が完全に長子氏へ掌握されたことで、容疑者は極限の経済的・精神的追い詰めを感じたと分析されています。自身の息子を将来の宮司に据えるという最後の望みすら断たれたと思い込んだことが、凶行への引き金を引く決定打となりました。