凶行に至った最大の背景には、長年にわたる富岡茂永容疑者の素行不良と底知れぬ金銭トラブルが存在していました。茂永容疑者は先代宮司である父・興永氏の後を継ぎ、1990年代に一度は富岡八幡宮の第20代宮司へと就任しています。
しかし宮司就任後、茂永容疑者は神社の資金を湯水のように使い込み、銀座の高級クラブでの豪遊やギャンブル、女性問題など私生活の乱れが際立つようになります。度重なる放蕩と神社の私物化を見かねた父・興永氏は、2001年に茂永容疑者を宮司職から事実上解任しました。
宮司の座を追われた茂永容疑者に対し、神社側は生活費として多額の経済的支援を続けていたものの、要求額はエスカレート。姉である長子氏が宮司代務者として神社の実権を握り、支出の引き締めを図ったことで、茂永容疑者は長子氏に対して激しい逆恨みを募らせていきました。
2006年には、長子氏に対して「必ず今年中に決着をつけてやる。覚悟しておけ」「積年の恨み、地獄へ送る」といった脅迫ハガキを送りつけ、脅迫容疑で逮捕される事件も起こしていました。その後も両者の怨恨は消えることなく、金銭の枯渇と宮司復帰への執着が最悪の凶行へと直結していきました。