西宮市上ケ原一番町1-155の正体は?美しき名門関学の真価と全貌

西宮市上ケ原一番町1-155の正体は?美しき名門関学の真価と全貌

西宮市上ケ原一番町1-155の正体は?美しき名門関学の真価と全貌とは一体何なのか? 主要なファクトを整理してお届けします。

現在の壮麗なキャンパス景観が誕生するまでには、約1世紀前の大胆な学園移転の決断がありました。大学史の記録資料によると、関西学院は1889年に米国人宣教師W.R.ランバスによって神戸・原田の森(現在の神戸市灘区王子公園周辺)で産声を上げました。しかし、大正期の生徒数急増に伴い敷地が手狭となったため、新たな理想郷を求めて1929年に現在地へと大規模移転を断行したという関西学院大学所在地アクセス経緯が存在します。

この広大な新キャンパス全体の基本計画を託されたのが、日本で数々の名建築を遺した名匠ウィリアム・メレル・ヴォーリズです。彼が採用した「スパニッシュ・ミッション・スタイル」と呼ばれる南欧風の建築様式は、赤瓦の屋根と温かみのあるクリーム色のスタッコ壁(外壁)、連続する半円アーチの回廊が特徴で、現在も統一された景観基準によって厳格に保存・管理されています。

そのキャンパス設計の最高到達点と評されるのが、国の登録有形文化財にも指定されているヴォーリズ建築関学時計台(旧図書館、現・大学博物館)です。背後にそびえる西宮のシンボル・甲山(かぶとやま)の稜線と、時計台を中心とする左右対称の校舎群が計算し尽くされた調和を見せています。

時計台の目前に広がる約1万平方メートルの芝生広場は、国内屈指の関学中央芝生見どころとして知られています。四季折々の陽光を浴びながら学生が車座になって語らい、読書に耽るその光景は、1929年の移転当初からヴォーリズが構想した「キリスト教主義に基づき、人間性を涵養する自由で開かれた学風」をそのまま形にした空間といえます。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。