ツマガリの代名詞といえば、大丸梅田店や大丸神戸店でも購入できるクッキーや焼き菓子を思い浮かべる人が多いはずです。しかし、色鮮やかなフルーツタルトやモンブラン、ナポレオンパイといった「生ケーキ」は、創業以来かたくなに甲陽園本店での対面販売のみに限定され、通信販売や百貨店への卸は一切行われていません。この頑なな姿勢には、創業者である津曲孝氏の強烈な職人魂が宿っています。
宮崎県出身の津曲氏は、上京後に名店で腕を磨き、神戸「アンテノール」の初代製菓長を務めるなど洋菓子界を牽引してきた重鎮です。卓越した技能者として「現代の名工」に選ばれ、黄綬褒章を受章した際も、自らの原点として語り続けたのは「本物の素材と鮮度への妥協なき執着」でした。津曲氏の著書や過去の取材インタビューでも明かされている通り、生ケーキを運搬しない決定打となったのは「移動によるクリームの劣化と水分移行の回避」です。
ツマガリの生ケーキに使用される生クリームは、乳化剤や安定剤を一切使わず、特別にブレンドされた純生乳から作られます。トラックで輸送する際の微細な振動や温度変化は、純生クリームの繊細な組織を破壊し、風味を格段に落としてしまいます。さらに、パイ生地やスポンジがクリームの水分を吸って食感が失われることを徹底的に嫌った結果、「工房のオーブンから数メートルの場所でお客様に手渡す」という結論に至ったのです。効率重視の多店舗展開が主流となった現代において、この愚直なまでの鮮度へのこだわりこそが、甲陽園本店を生菓子の聖地たらしめています。