文久3年9月16日(あるいは18日)、京都壬生の八木邸にて、幕末史に刻まれる凄惨な内部粛清が実行されました。この日、島原の角屋で催された宴席で浴びるほど酒を飲まされた芹沢鴨と平山五郎は、泥酔状態で壬生の八木邸へと帰着します。
激しい風雨が吹き荒れる深夜、芹沢と愛妾のお梅が奥の部屋で眠りにつき、平山は吉栄と共に手前の十畳間に敷かれた布団へ横たわっていました。そこへ音もなく侵入したのが、近藤派の刺客たち(土方歳三、沖田総司、原田左之助、藤堂平助ら)でした。
刺客たちはまず、最大の脅威である平山五郎の寝込みを急襲します。抜刀した刺客の一撃が平山の首筋を捉え、平山は起き上がる間もなく致命傷を負いました。喉を掻き切られ、頭部を激しく斬りつけられた平山は、ほぼ即死状態だったと伝えられています。
傍らにいた吉栄は返り血を浴びながら狂乱状態で裏口から脱出。隣室で異変に気づいた芹沢も逃げ場を失い、八木邸の文机に足を取られたところを無数の刃に貫かれて落命しました。平山五郎の最期は、抵抗の隙すら与えられない電光石火の暗殺劇でした。