家庭を持たなかった栗山だが、彼には「息子」と呼べる存在が何十人もいた。その最たる象徴が、大谷翔平である。北海道日本ハムファイターズの監督就任時、世間が懐疑的だった「二刀流」という前代未聞の挑戦を全面的に支持し、二人三脚で世界の至宝へと育て上げた日流の記憶は色褪せない。
選手一人ひとりの性格、家族構成、些細な表情の変化までノートに書き留め、我が子以上の愛情と厳しさを持って接する。親としての責任をグラウンドの中で果たしていたと言っても過言ではない。自らの血を分けた子供がいないからこそ、預かった選手たち全員に対して一点の曇りもない公平な愛を注ぎ込めた。彼の無私の献身が、稀代のスーパースターを育む土壌となったのだ。