『全日本歌謡選手権』での完全優勝という華々しい実績を引っ提げ、1972年に「風が吹く」で本格デビューを飾った天童よしみでしたが、そこからの道のりは険しい茨の道でした。当時の音楽シーンはフォークソングや歌謡ポップスが台頭し、若手女性演歌歌手を取り巻く環境は極めて厳しさを増していました。
レコードを出しても売れず、活動の場は次第に地方のキャバレーや健康ランド、スーパーの屋上特設ステージなどへと追いやられていきます。当時のインタビューや手記において本人は、「泥酔した客席から心無い野次を浴びせられたり、ステージ上で悔し涙を呑んだ夜が数え切れないほどあった」と赤裸々に振り返っています。天才少女と持て囃されたプライドは粉々に打ち砕かれ、精神的にも肉体的にも限界を迎えた彼女は、昭和50年代半ばに一度実家へ戻り、引退状態に追い込まれました。
このどん底の暗闇から彼女を救い出したのは、誰よりも彼女の才能を信じ続けた両親の存在でした。父は娘のために自ら車を運転して全国の営業先を奔走し、母はどんなに小さなステージでも娘が輝けるよう衣装を整え、現場を支え続けました。この家族一丸となった不屈の闘志が、後の大復活の土台となっていきます。