華々しくスタートした結婚生活でしたが、わずか約6年後の1973年に電撃離婚を発表することとなります。おしどり夫婦と見られていた二人がなぜ破局に至ったのか、その離婚理由にはいくつかの複合的な要因が存在していました。
最大の要因は、互いに多忙を極めたことによる「生活のすれ違い」と「強いプロ意識の衝突」でした。小川眞由美さんは女優として最盛期を迎えており、連日の撮影や舞台出演で家庭を顧みる時間が極めて限られていました。一方の服部晴治氏もプロデューサーとして昼夜を問わず奔走しており、夫婦として向き合う時間が失われていきました。
また、家庭内における価値観のズレや役割分担をめぐる葛藤も重なり、円満な家庭を維持することが困難になったと伝えられています。泥沼の法廷闘争ではなく、お互いの道を尊重するための決断として離婚が成立しました。