新宿住友ビルディングの大規模改修は、建築界および都市開発の関係者から「前代未聞の難工事」と称されました。その背景には、高度経済成長期に制定された建築基準法の歪みと、半世紀の時を経て顕在化した都市の構造的課題があります。
1970年代初頭の公開空地制度(総合設計制度)に基づき、同ビルは敷地内に広大なオープンスペースを確保することで容積率の緩和を受けて建設されました。しかし、超高層ビル特有の吹き降ろしによる「強烈なビル風」が広場を直撃。冬場は冷え込みが厳しく、夏場は直射日光に晒されるため、いつしか人が滞留しない「死んだオープンスペース」と化していました。当時の開発担当者が社内記録で「街に開かれた場所のはずが、通行人が足早に避けて通る空間になっていた」と悔しさを滲ませていたように、オフィスワーカーの減少する夜間や休日のゴーストタウン化は、西新宿全体の深刻な課題だったのです。
さらに、東日本大震災を経て浮き彫りになった長周期地震動への対応や、築年数の経過に伴う設備更新の時期が重なりました。スクラップ・アンド・ビルドで建て替えるのではなく、既存の建物を生かしたまま再生させる決断を下したのが所有者である住友不動産です。同社は国家戦略特区の都市再生プロジェクトとして認定を受け、公開空地の上に巨大なガラス屋根を架けるという、国内初の大胆な規制緩和スキームを成立させました。新宿住友ビル大規模改修理由は、単なる美観の刷新ではなく、都市防災機能の強化と、人が集う都市の居場所(サードプレイス)の再構築という明確な目的があったのです。