ハチ公の生涯を語る上で欠かせないのが、飼い主であった東京帝国大学(現・東京大学)農学部教授の上野英三郎博士との関係性です。秋田犬ハチ公は1923年(大正12年)11月に秋田県大館市で生まれ、翌年1月に上野博士の元へと引き取られました。しかし、共に暮らした期間はわずか1年4ヶ月。1925年(大正14年)5月、上野博士は大学での講義終了後の教授会で脳溢血を起こし、急逝してしまいます。
主人の死後、ハチ公は上野邸のあった松濤付近から渋谷駅へと通い続け、1935年(昭和10年)3月8日に11歳で息を引き取るまでの約10年間、毎日欠かさず駅改札前で主人の帰りを待ち続けました。これに関してネット上では時折、「駅前の屋台で売られていた焼き鳥が目当てで通っていただけではないか」という冷笑的な言説が浮上することがあります。
しかし、当時の渋谷駅員や近隣住民の手記、そして東京大学農学部に残る病理解剖記録は、その俗説を明確に否定しています。ハチ公は上野博士が生前利用していた夕方の決まった列車時刻に合わせて改札口に姿を現し、改札から出てくる乗客一人ひとりの顔をじっと見つめていました。屋台の肉片を口にすることはあっても、それは長時間の滞留中に与えられた副次的なものに過ぎず、行動の主軸は博士の足音と匂いを求める純粋な愛着行動であったことが動物行動学的にも証明されています。