現在でこそ明るく快活なキャラクターでお茶の間に親しまれている京子さんですが、その半生は決して平坦なものではありませんでした。特に世間を驚かせたのが、過去のバラエティ特番等で明かされた「同じ元夫と2回結婚し、2回離婚した」という壮絶なエピソードです。
みちょぱさんの実父にあたる男性と若くして結婚したものの、価値観の不一致やすれ違いから一度目の離婚を決断。その後、子どもの将来や家族の再生を模索する中で同じ男性と復縁・再婚を果たしたものの、最終的には再び関係を解消するという異例のプロセスを辿りました。2度目の離婚以降、京子さんはシングルマザーとして、みちょぱさんと3歳年上の兄の2人を女手一つで育てる道を選びました。
実家のある東京都北区赤羽での生活は、経済的にも体力的にも過酷を極めました。昼間は一般事務やパート勤務をこなし、夜は飲食店や六本木のクラブなど複数の仕事を掛け持ちしながら、休む間もなく働き続けたといいます。みちょぱさん自身も当時の母の姿について、「どれだけ疲れていても愚痴を言わず、ご飯を作って送り出してくれた母を心から尊敬している」と幾度となく公の場で語っています。
中学時代、みちょぱさんが一時的に学校から足が遠のき反抗期を迎えた際も、京子さんは頭ごなしに否定することなく、「自分の行動には自分で責任を持ちなさい」「学校に行かないなら働きなさい」と厳しい現実を突きつけつつ、一人の人間として向き合いました。この徹底した信頼と自立の促しが、後のみちょぱさんの強靭なプロ意識と芯の強さを形成する土台となりました。