書道教室の指導者への取材で最も多く挙がった悲痛な叫びは、「洗った後の扱いを間違えて筆を腐らせてしまう」という事例です。綺麗に墨を落としたとしても、乾燥と保管のプロセスを誤れば数日で筆は台無しになります。
最大の落とし穴が、新品購入時に穂先についている「透明なプラスチックキャップ」です。多くの初心者がこれを保護キャップと誤認し、洗った後の湿った筆に再び被せてしまいます。密閉されたキャップ内部は湿度が100%に達し、わずか2〜3日で青カビや白カビが繁殖します。カビ菌は動物毛のタンパク質を分解するため、根元から毛が腐ってボロボロと抜け落ちてしまいます。購入時のキャップは輸送時の穂先保護のためだけの使い捨て部材であり、一度使用を開始したら二度と嵌めてはいけません。
乾燥させる際の配置も極めて重要です。机の上に平置きしたり、毛先を上にしてペン立てに立てたりすると、水分とともに残存した微細な墨の粒子が重力で筆管の内部(接着部)へ沈み込みます。これが「筆の根元の墨だまり」を形成し、根元が太く膨らんで毛先が閉じなくなったり、接着部を内側から腐らせたりする原因になります。筆を乾かす際は、吸水性の良いタオルで水分をしっかり絞り取った後、筆吊り(筆掛け)を使って穂先を真下に向け、風通しの良い日陰に吊るすのが唯一にして絶対の正解です。
持ち運びに用いる「筆巻(ふでまき)」も、通気性に優れているとはいえ、濡れた筆を何日も巻いたまま密閉空間に放置すれば蒸れて異臭や変形を招きます。筆巻はあくまで移動用の一時的な保護具と割り切り、帰宅後は速やかに取り出して風通しの良い場所に吊るす習慣を徹底することが長寿の秘訣です。