1995年から2003年まで9年連続で紅白に出場を果たした安室奈美恵は、2003年(第54回)でひとつの区切りを迎える。この年、通算9回目の出場を果たした後は、テレビ出演よりもライブツアーを中心にファンと直接向き合うスタイルへシフトしていった。
テレビ露出を削り、ストイックに自らのステージを高め続けるアリーナ・ドームツアー路線への転換は、彼女のアーティストとしてのアイデンティティをより強固なものにした。結果として、この期間の英断が後の「伝説の復活劇」へとつながる伏線となったのだ。
1995年から2003年まで9年連続で紅白に出場を果たした安室奈美恵は、2003年(第54回)でひとつの区切りを迎える。この年、通算9回目の出場を果たした後は、テレビ出演よりもライブツアーを中心にファンと直接向き合うスタイルへシフトしていった。
テレビ露出を削り、ストイックに自らのステージを高め続けるアリーナ・ドームツアー路線への転換は、彼女のアーティストとしてのアイデンティティをより強固なものにした。結果として、この期間の英断が後の「伝説の復活劇」へとつながる伏線となったのだ。