野口の死後、黄熱病研究はパラダイムシフトを迎える。その主役となったのが、南アフリカ出身のウイルス学者マックス・タイラーである。タイラーはアカゲザルやマウスを用いた動物実験を通じて、黄熱病の病原体が濾過性ウイルスであることを立証。1937年には極めて安全で効果的な弱毒生ワクチン「17D株」の開発に成功した。
この功績により、タイラーは1951年にノーベル生理学・医学賞を受賞する。タイラーの成功は、野口の仮説が誤りであったことを決定づけた。しかし、歴史の審判は野口の存在を一概に否定するものではない。野口の残した膨大な陰性データと、アフリカ現地での苛烈なフィールドワークの記録は、後続の研究者たちに「未知の病原体」の性質を逆説的に浮き彫りにさせる貴重な礎となった。