歌舞伎町で「ヤクザマンション」と俗称されてきた建物は、単一の物件だけを指す言葉ではありません。発祥の地となったのは、新宿区歌舞伎町2丁目、大久保寄りや花園神社裏手に位置する昭和40年代から50年代にかけて建設された複数のヴィンテージ分譲・賃貸マンションです。とりわけ実話誌や警察庁の捜査資料でその名が知られるようになった特定の大型物件には、かつて指定暴力団・住吉会の傘下組織(幸平一家や日野一家の系列組織など)の組事務所や関連アジトが、最盛期にはフロアをまたいで数十箇所以上も同居していました。
昭和後期から平成バブル期にかけて、歌舞伎町はアジア最大の歓楽街として膨大な裏金が渦巻く坩堝でした。当時の登記簿や報道資料を紐解くと、オートロックすらない開放的な廊下に、分厚い鉄板で補強された鋼鉄の二重ドア、壁一面に張り巡らされた監視カメラ、そして組関係者を威嚇するための特殊な閂(かんぬき)が備え付けられた異様な一室が平然と並んでいた様子が克明に記されています。当時の特番インタビューで古参の地元住人が「エレベーターを開けると黒塗りのスーツを着た大柄な男たちが直立しており、息を潜めて乗り合わせた」と語った生々しい証言は、決して都市伝説ではなく現実の光景でした。
立地としても靖国通りから一本奥に入り、JR新宿駅・東新宿駅・西武新宿駅の各線へ徒歩数分で逃走・移動が可能な利便性を誇っていたため、非合法組織にとってこれ以上ない戦略的拠点として機能してしまった歴史的背景が存在します。