二つのことわざが纏う空気感の違いは、発祥した歴史的・宗教的土壌に直接起因しています。
「豚に真珠」の原典は新約聖書の峻厳な戒め
豚に真珠の由来は新約聖書の「マタイによる福音書」第7章6節に記された、イエス・キリストの教えです。 「聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれを足で踏みつけ、向き直ってあなたがたをかみ裂くであろう。」(日本聖書協会『口語訳聖書』より) ここでいう「真珠」とは神の尊い教義や真理を象徴し、「豚」は霊的な真理を理解する器を持たず、かえって真理を汚し迫害する異教徒や悪意ある者を指しています。この宗教的な警鐘が西洋全域に定着し、豚に真珠の英語表現である「cast pearls before swine」として広く流通しました。明治以降の日本に西洋文学やキリスト教文化が移入された際、直訳されて日本のことわざ体系に組み込まれたという歴史を持っています。
「猫に小判」は江戸いろはかるたが生んだ庶民のユーモア
対照的に、猫に小判の由来は江戸いろはかるたです。江戸時代中期から後期にかけて庶民の間で親しまれた上方かるた・江戸かるたのうち、江戸版の「ね」の札に採用されたことで爆発的に庶民へ浸透しました。 貨幣経済が急速に発達した江戸の町では、小判は誰もが喉から手が出るほど欲しい富の象徴でした。その絶対的な価値を持つ小判を、日なたぼっこをしている身近な飼い猫の前にポンと放り投げるという、滑稽でどこか愛嬌のある情景描写から生まれた言葉です。宗教的な緊迫感や敵意は一切なく、町人文化特有のカラッとした自虐や風刺の精神が宿っています。