美空ひばり結婚の真相|小林旭との電撃婚とわずか1年半の離婚劇

美空ひばり結婚の真相|小林旭との電撃婚とわずか1年半の離婚劇

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美空ひばり 小林旭 結婚のニュースが日本中を駆け抜けたのは、1962年(昭和37年)のことでした。当時、美空ひばりは25歳にして芸能界の頂点に君臨する至宝であり、小林旭は24歳、映画『渡り鳥』シリーズなどで爆発的な人気を誇る日活のトップアクションスターでした。

二人の美空ひばり 小林旭 馴れ初めは、1961年秋に雑誌『明星』の対談企画で顔を合わせたことがきっかけです。映画界と歌謡界という異なるフィールドの頂点に立つ若き二人は急速に惹かれ合い、交際へと発展しました。しかし、この交際当初から二人の前には巨大な暗雲が立ち込めていました。ひばりの母であり、個人事務所「ひばりプロダクション」を率いる実母 加藤喜美枝の反対が極めて強烈だったためです。

母の猛反対を押し切る形で、1962年11月5日に日比谷の帝国ホテル 豪華結婚式が盛大に執り行われました。全国から詰めかけた政財界・芸能界のVIP、約1,000人もの招待客が見守る中、総額数千万円(現在の貨幣価値で数億円相当)とも言われる費用を投じた披露宴は「世紀の結婚式」と喧伝されました。しかし、世田谷区成城の豪邸で始まった美空ひばり 結婚生活の真相は、世間の華やかなイメージとは程遠い葛藤の連続でした。

わずか1年半余りで破綻に至った美空ひばり 離婚理由の真相は、根本的な生活観の相違と、家族関係の断絶にありました。小林旭は九州男児気質であり、「自分の妻には家庭に入り、家事を守ってほしい」と願いました。ひばり自身も、小林のために朝食を作り、三歩下がって夫を立てる「普通の妻」としての幸せを心から望んでいた時期がありました。しかし、母の喜美枝やひばりプロダクションの利害関係者にとって、美空ひばりが歌を捨てることは絶対に容認できない事態でした。妻を専業主婦にしたい夫と、娘を再びステージへ引き戻そうとする母との間で、家庭内は常に冷戦状態となっていたのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。