サンフランシスコ平和条約の条文には、現代の地政学リスクに直結する巧妙な仕掛けが埋め込まれている。第2条(b)において「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と明記されたものの、決定的な一節が欠落していた。それは、「放棄した領土がどの国に帰属するか」が一切記されていない点である。
これが現在も議論が続く「台湾の法的地位未定論」の根拠となっている。領有権の帰属先をあえて曖昧にすることで、将来的に台湾が中国共産党の支配下に入る事態を防ぐ――米国が周到に仕掛けた外交的トラップだった。
国際政治学の専門家らは、この「意図された空白」こそが、台湾海峡における現状維持政策の法的基盤を作り出したと指摘する。大陸側はカイロ宣言やポツダム宣言を盾に「台湾は不可分の領土」と主張し続け、西側諸国はこの条約の文言を根拠に一方的な現状変更を拒み続けている。条文の沈黙が、70年以上にわたる対立の防波堤であり、同時に火種であり続けているのだ。