「征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)」という役職の意味を紐解くと、古代律令制における令外官(りょうげのかん:律令の規定外に特設された官職)に突き当たります。「夷(東方の異民族・蝦夷)を征伐する大将軍」を意味し、朝廷の命を受けて軍事行動を指揮する臨時の総司令官でした。
この軍事職が政治権力の頂点へと転換した最大の契機は、鎌倉幕府を開いた源頼朝にあります。頼朝は朝廷から東国の支配権や治安維持権(守護・地頭の設置権)を認めさせたうえで、1192年に征夷大将軍へ任官。これにより、「朝廷から東国武士の統率と全国の軍事警察権を一任された存在」という強力な名分を獲得しました。
幕府と征夷大将軍の関係は極めて密接です。「幕府」とは元来、出征中の将軍が張る本営(幕舎)を指す軍事用語でしたが、将軍が恒常的に武家社会を統率する政治機関そのものを指す言葉へと変化しました。つまり、征夷大将軍とは「武力を背景に治安維持と土地支配を正当化する最高指揮官」であり、その統治機構が幕府だったのです。