これほど有名な楽曲でありながら、現代のネット上ではいくつかの誤解や見落とされがちな事実が存在します。音楽ジャーナリズムの視点から、代表的な3つのトピックを検証します。
誤解1:ホイットニーのオリジナル楽曲であるという認識
若い世代を中心に「ホイットニーの作詞作曲」と誤認されるケースが散見されますが、前述の通り作詞・作曲はドリー・パートンです。ドリーはホイットニーのカバーバージョンを初めて聴いた際、車のラジオから流れてきたその歌声の凄まじさに驚愕し、車を路肩に止めて聴き入ったという逸話を残しています。また、ドリーはこのカバーによる巨額の印税収入について「ホイットニーのおかげで多額の収益を得た」と公に感謝を述べています。
誤解2:エルヴィス・プレスリーもカバーしたがっていた?
実は1970年代、あのエルヴィス・プレスリーもこの曲のカバーを熱望していました。しかし、エルヴィスのマネージャーであったトム・パーカー大佐が「楽曲の出版権(著作権)の半分をエルヴィス側に譲渡すること」を条件として提示。ドリー・パートンは苦渋の決断の末にこれを拒否しました。この時、ドリーが権利を手放さなかったからこそ、後にホイットニーの手によって世界規模のマスターピースが誕生することになったのです。