高校化学の教科書を開くと、ヘンリーの法則に関して次の2つの記述が並んでいます。第一に「温度が一定のとき、一定量の液体に溶ける気体の質量(または物質量)は、その気体の分圧に比例する」。そして第二に「ただし、その気体の溶解時の圧力のもとで測定した体積は、圧力に関わらず一定である」。
受験生の質問箱や大手予備校の質問受付デスクにおいて、春先から直前期にかけて最も頻繁に寄せられるのが「多く溶けているのに、体積が変わらないのはおかしいのではないか」という疑問です。この疑問を解消する鍵は、気体の状態方程式($PV = nRT$)とボイルの法則の連動にあります。
具体的なシチュエーションで考えてみましょう。温度一定のもとで、液相にかかる気体の圧力を1気圧($1.0 \times 10^5\ \text{Pa}$)から2倍の2気圧($2.0 \times 10^5\ \text{Pa}$)に引き上げたと仮定します。
ヘンリーの法則に従い、液体中に溶け込む気体の物質量は2倍($2n$)になります。ここまでは直感通りです。問題は、この溶けた気体を「その測定時の圧力である2気圧下で気体に戻して体積を測る」という思考実験を行う点にあります。気体の状態方程式を変形すると、$V = \frac{nRT}{P}$ と表されます。
圧力を2倍にした場合、溶けた物質量は2倍の $2n$ となりますが、測定する外圧も2倍の $2P$ になっています。したがって、その圧力下での体積 $V'$ は次のようになります。
$V' = \frac{(2n) \cdot RT}{(2P)} = \frac{nRT}{P} = V$
分子にある溶存物質量($n$)が2倍に増えた効果を、分母にある圧力($P$)の増加によるボイルの法則の圧縮効果が完全に打ち消し合っているのです。溶けた気体の絶対的な粒子数(質量や物質量)は確実に2倍になっています。しかし、それを「2気圧という押し潰された環境」で観察しているため、見かけの体積が1気圧のときと全く同じ値を示すに過ぎません。
一方、2気圧で溶かした気体を「標準状態($0^\circ\text{C}, 1.013 \times 10^5\ \text{Pa}$)」という共通の基準圧に引き戻して体積を換算した場合は、当然ながら圧力に比例して体積は2倍になります。問題文を読む際に「その圧力下での体積」を問われているのか、「標準状態に換算した体積」を問われているのかを見分けることこそが、最大の分岐点です。