1996年末から大手ファンドが相次いで支払い停止に追い込まれると、夢から覚めた国民の絶望は一瞬にして猛烈な怒りへと変貌しました。1997年1月、南部都市のヴロラを中心に大規模な抗議デモが発生します。
ベリシャ政権は警察や秘密警察を動員して鎮圧を試みましたが、すでに国民の怒りは抑えきれないレベルに達していました。暴徒化した市民は警察署や市庁舎を襲撃。さらに、給料の不払いやファンド被害で士気が崩壊していた国軍の兵士たちが次々と脱走したことで、軍の武器庫から自動小銃やロケット砲など約100万丁の武器が民間に流出しました。
重武装した市民と軍・警察の衝突は国全土へ広がり、事実上の内戦状態に突入。南部は反政府武装勢力の支配下に置かれ、首都ティラナすら無法地帯と化しました。最終的にベリシャ大統領は退陣に追い込まれ、国連安保理の決議に基づきイタリアを中心とする多国籍軍(オペレーション・アルバ)が派遣される事態となって、ようやく事態は沈静化へと向かいました。