伊豆半島には数多くの海鮮処が存在しますが、西伊豆町仁科グルメを代表する存在として「沖あがり食堂」が別格の地位を築いている背景には、単なる観光食堂の域を大きく超えたサプライチェーンの短さがあります。目の前は、一本釣りスルメイカの水揚げで県内屈指の実績を誇る仁科漁港。船が接岸し、水揚げされたばかりのイカが数分後には厨房へ運ばれるという、漁協直営ならではの立地条件が最大の強みです。
食堂を運営する「伊豆漁協仁科直売所」の担当者は、かつて地元ローカル番組の取材に対して「沖で獲れたばかりのイカを漁師が船上で食べる『沖あがり』の鮮度を、そのまま陸(おか)の上で味わってもらうことが原点」と語っていました。一般的な流通ルートでは、水揚げから市場、仲卸、消費地の飲食店へと届くまでに最低でも24時間から36時間を要します。しかし、仁科漁港のイカ丼は、時間の経過によって損なわれやすいイカ特有の透明感、歯切れの良いクリスピーな食感、噛むほどに溢れるアミノ酸の甘みを逃さず閉じ込めています。
東京や神奈川方面から車を走らせれば片道3時間以上を要する西伊豆。それでもドライバーやツーリング愛好家がハンドルを握り続ける理由は、「ここでしか味わえない鮮度の限界値」が存在することを体験者が舌で理解しているからです。