これほど重厚な国家の象徴でありながら、なぜマーライオンは「世界三大がっかりの筆頭」として語り継がれることになったのでしょうか。その世界三大がっかりの決定的な理由を紐解くと、当時のインフラ計画の不備と管理体制にまつわる動かぬ事実が浮かび上がってきます。
最大の発端は、1997年に完成した「エスプラネード橋(Esplanade Bridge)」でした。もともと1972年に設置された初期のマーライオンはシンガポール川の河口付近にあり、海側からの眺望を想定して設計されていました。ところが、対岸の交通網整備のために真横かつ目の前に巨大な車道橋が架けられたことで、海側からの視界が完全に遮断されてしまったのです。
陸側から訪れた観光客が見られるのは、巨大な橋の影に隠れるように佇む「マーライオンの後頭部と背中」ばかり。さらに当時の給排水ポンプ技術が未熟だったことも重なり、マーライオンの水が出ていない期間が頻発していました。「海に向かって雄大に潮を吹く巨像」をパンフレットで夢見て訪れた旅行者が目にしたのは、無機質な高架道路の足元で、濁った水たまりを前に沈黙するコンクリートの塊だったわけです。失望の声が世界中に広まったのも無理はありません。
しかし、シンガポール政府はこの屈辱的な汚名を放置しませんでした。2002年4月、国家的な威信をかけた大移転プロジェクトが決行されます。像を台座ごと船に乗せ、シンガポール川河口から約120メートル離れた現在のマーライオン公園(Merlion Park)へと曳航。マリーナ湾を一望できる開けた突端へと再配置したのです。
決定打となったのは、2010年の複合リゾートマリーナベイ・サンズの誕生でした。背景に広がる視界が「薄暗い高架橋」から「3つのタワーの上に巨大な船が乗る未来都市のパノラマ」へと一変。夜間景観の美しさも加わり、2026年の現在地における体験価値は、昭和・平成期の惨状とは比較にならない次元へと昇華されています。