日本におけるレモンスカッシュの歴史は、西洋のバー文化とモダン都市生活の交差点から始まりました。明治期、銀座の老舗西洋料理店や外国人居留地のホテルで提供されたソーダ水の一種が発祥とされ、大正デモクラシーの時代には「銀ブラ」を楽しむハイカラ層のステータスシンボルとして定着していきました。
当時、生レモンは極めて希少かつ高価な輸入品であり、純喫茶で提供されるレモンスカッシュは特別なご馳走でした。脚付きのパフェグラスに注がれ、赤く染まったマラスキーノ・チェリーが添えられた佇まいは、昭和の喫茶文化における華やかな象徴となったのです。
この高級喫茶の味を全国津々浦々の家庭に解放したのが、株式会社不二家でした。同社が1975年(昭和50年)に発売した缶入り飲料「不二家レモンスカッシュ」は、日本のソフトドリンク史における金字塔です。
発売当時の資料や証言を辿ると、開発チームは喫茶店で飲む「搾りたてのフレッシュな酸っぱさ」の再現に徹底的にこだわりました。当時の缶飲料市場では甘みを強く押し出した炭酸飲料が主流でしたが、不二家はレモン果肉をすりつぶしたピューレを贅沢に配合し、本物の果実感を追求したのです。黒地に鮮やかな白の水玉(ドット)をあしらったパッケージデザインは、サイケデリックかつポップなアメリカンカルチャーの薫りを纏い、若者を中心に爆発的な支持を獲得しました。