戦後長い年月が経過するなかで、特攻隊をめぐる言説には二極化の傾向が見られます。一方は国家のための自己犠牲として過剰に英雄視・美化する視点、もう一方は単なる狂気の犠牲者として記号化する視点です。しかし、千玄室氏が生涯を通じて発信し続けた言葉は、そのどちらのステレオタイプとも明確に一線を画していました。
「死にたくて死んだ人間など一人もいなかった」
千氏はメディアや講演の場で繰り返しこの事実を証言しています。出撃前夜、遺書を書く仲間たちの多くが最後にペンを走らせた相手は、国家でも軍の指導部でもなく、「お母さん」でした。恐怖に震え、布団をかぶって声を押し殺して泣く同年代の若者たちの姿を、千氏は最も間近で見ていました。
ネット上の掲示板やSNSでは時折、「千玄室氏は戦争を肯定していたのではないか」という誤解が見受けられますが、これは完全な事実誤認です。千氏の立場は徹底した「反戦」と「戦争の無意味さの告発」でした。国家の過ちによって若者の未来と命が理不尽に奪われたことへの憤りを終生忘れず、同時に、愛する家族を守るために散っていった同期の純粋な思いを汚させないという強い倫理観を持っていました。