なぜ大英帝国は孤立を捨てたのか?19世紀後半「栄光ある孤立」外交の真相

なぜ大英帝国は孤立を捨てたのか?19世紀後半「栄光ある孤立」外交の真相

なぜ大英帝国は孤立を捨てたのか?19世紀後半「栄光ある孤立」外交の真相についての疑問解決ガイドをご紹介します。

歴史学習者やWeb上の言説において、しばしば「栄光ある孤立」と「光栄ある孤立」の違いについて議論が交わされます。結論から言えば、光栄ある孤立との違いに政治的・教義的な差異は一切ありません。英語の原語である「Splendid Isolation」に対する日本語訳の揺らぎに過ぎず、日本の教育現場や教科書では長らく「光栄ある孤立」と表記されてきましたが、学術書や近年のメディアでは「栄光ある孤立」、さらには「栄誉ある孤立」と翻訳される場合もあります。

言葉の成り立ち自体も皮肉な経緯を辿っています。1896年1月、カナダの政治家ジョージ・フォスターがカナダ議会で「イギリス本土が欧州大陸で友邦を持たずに孤立している状況」を修辞的に Splendid Isolation と称賛した演説がロンドンの『タイムズ』紙に報じられ、当時のジョセフ・チェンバレン植民相らがこの言葉を誇らしげに引用したことで国際的な流行語として定着しました。元々は自嘲混じりの外部からの観察眼が、帝国の矜持へと昇華された言葉だったのです。

さらに根強い誤解として挙げられるのが、「イギリスは世界から引きこもる孤立主義(モンロー主義のようなもの)をとっていた」という見方です。これは明白な事実誤認と言わざるを得ません。イギリスが回避していたのはあくまで「ヨーロッパ大陸の国家との恒久的な軍事同盟」であり、貿易、植民地獲得、金融ネットワークの構築においては、地球規模で極めて積極的に介入していました。大陸での対立には深く関与せず、世界各地の海洋ルートと植民地支配を拡大し続ける――すなわち「都合の良いところだけ世界と結びつく」ための高度なプラグマティズムが、この孤立の本質でした。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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