GACKTのミステリアスな佇まいの根底には、幼少期から学生時代にかけての過酷な経験が存在します。自著『自白』などで明かされている本名は「大城ガクト(旧名:大城学/神威楽斗など公私での変遷あり)」。沖縄県に生まれ、幼少期に滋賀県へと移り住みました。
幼少期は重い病気を患い、隔離病棟での長期入院を余儀なくされるなど、常に死と隣り合わせの生活を送っていたと述懐されています。また、厳格な家庭環境のもとで3歳からクラシックピアノの徹底した英才教育を受け、妥協を許さない音楽的基礎と規律が叩き込まれました。
学生時代の写真や卒業アルバムの画像がメディアやネット上で取り上げられることもありますが、そこには現在の華やかなオーラとは対照的な、どこか鋭く内省的な瞳を持つ少年の姿が映し出されています。高校時代にはドラムやバンド活動に没頭し、身体を鍛え始めたことが、後の圧倒的なステージパフォーマンスの素地となりました。この時期に培われた「逆境を自力で覆す意志」こそが、後のビジュアルや生き様の根幹を形成しています。