大阪が津波に襲われた事例は、決して遠い空想の話ではありません。過去の大阪における津波の歴史を紐解くと、1854年の安政南海地震では、地震発生から数時間後に大津波が木津川や道頓堀川を逆流。橋が多数落橋し、停泊していた船が市街地へ押し流されて甚大な被害をもたらしました。大阪市浪速区の幸町には、当時の惨状と教訓を刻んだ石碑「大地震両川口津浪記」が今も残されています。
過去の痛ましい教訓を受け、戦後の大阪では大阪湾津波防潮堤の整備と嵩上げ、三大水門(安治川水門・尻無川水門・木津川水門)の自動閉鎖システムなど、多重の防災インフラが構築されてきました。ハード面の強化によって減災効果は飛躍的に高まりましたが、自然の猛威が想定を上回る可能性は常に考慮しなければなりません。