乗客が「少し融通を利かせてくれてもいいのに」と感じる場面でも、運転手にはスピードを絶対に出せない切実な業務環境があります。最大の理由は、タクシー車両に搭載されているデジタルタコグラフ(運行記録計)と車載ネットワークの進化です。
現在のタクシーは、走行速度、急加速、急減速、急ハンドルなどの挙動が1秒単位で記録され、リアルタイムで営業本部にデータが送信されています。法定速度をわずか数キロ超えただけでも警告音が鳴り、運行管理者に自動通知されるシステムを導入している事業者が大半です。社内規定違反となれば、乗務停止や賞与カット、最悪の場合は懲戒解雇につながります。
さらに、タクシー運転手にとって運転免許は文字通りの「生命線」です。2種免許の停止や取消処分を受ければ、その日から生活の糧を失います。見ず知らずの乗客の遅刻を防ぐために、自らの生活と職業生命を危険に晒すドライバーは存在しません。そのため、タクシーの乗車拒否における正当な理由(道路運送法第13条)として、法令違反となる走行を強要する乗客に対しては、乗車を拒絶したり途中で降車を求めたりすることが法律上認められています。