普段のテレビ中継で見慣れているペースメーカーですが、世界最高峰の祭典であるオリンピックや、日本中が熱狂する箱根駅伝では影も形もありません。マラソン ペースメーカー オリンピック なぜいないのか、そして箱根駅伝 ペースメーカー 有無の背景には、陸上競技が持つ2つの本質的な価値観の対立があります。
第一に、オリンピックや世界陸上は「チャンピオンシップ(選手権)」であり、「タイムトライアル(記録会)」ではないからです。五輪のマラソンで争われるのは順位(着順)とメダルのみであり、タイムの優劣は二の次です。真夏の過酷な気候やアップダウンの激しいコースで、いつ誰がスパートを仕掛けるか、牽制し合うかという「知性と肉体の心理戦」こそがオリンピックマラソンの醍醐味です。そこに人為的なペースメーカーを介入させることは、競技の純粋性を損なうとみなされています。
第二に、箱根駅伝をはじめとする駅伝競走は、大学や実業団という組織が1本の「襷(たすき)」をつなぐ完全な団体競技です。外部から雇ったペースメーカーが先導することはチーム同士の対抗戦という大前提を根本から破壊するため、ルール上も一切認められていません。駅伝では、誰が前を引いて誰が後ろについて風を避けるかという駆け引きそのものが、選手個人の戦術眼として評価される世界なのです。