大川隆法氏ときょう子氏の破綻劇は、日本の宗教界・法曹界を巻き込んだ前代未聞の紛争として記録されています。対立が表面化したのは2009年、教団が政治部門として「幸福実現党」を結党した前後でした。きょう子氏は初代党首に就任したものの、わずか数日で辞任。この頃から教団の資金使途や政治進出の方針、大川氏の私生活における側近女性問題などを巡り、両者の激しい意見衝突が始まったと報じられています。
当時の報道や教団刊行物、週刊誌の取材記録によると、対立は急速にエスカレートしました。大川隆法氏はきょう子氏を「ユダの裏切り」「悪霊に憑依された」と指弾し、過去に授けた「文殊菩薩」などの霊格を剥奪。2011年2月には教団から除名・永久追放処分が下されました。これに対し、きょう子氏側も週刊誌の独占告白やテレビ特番インタビューに応じ、教団内部の贅沢な生活実態や教義作成の舞台裏を赤裸々に証言。教団側がきょう子氏と版元を相手取って巨額の損害賠償請求訴訟を乱発するなど、法廷闘争は50件以上に及ぶ泥沼の展開を見せました。
長男の大川宏洋氏は自身のYouTube動画や著書『幸福の科学との訣別』のなかで、次のように当時の家庭環境の異様さを振り返っています。
「家庭内は常に監視カメラと教団職員に囲まれており、両親の喧嘩は単なる夫婦喧嘩ではなく、組織の粛清劇そのものだった。父は教団メディアを通じて母を徹底的に貶め、子どもたちにも母を『悪魔』と呼ばせるよう強要した」
2012年11月にようやく協議離婚が成立した際、きょう子氏は教団に関する一切の権利を失い、表舞台から姿を消しました。2026年現在のきょう子氏は、都内で教団とは完全に切り離された平穏な生活を送っており、絶縁状態だった長男・宏洋氏ら実子との関係を修復したことが伝えられています。宗教組織の最高幹部から一転して「組織の敵」とされたその半生は、カリスマ指導者を中心とする閉鎖的集団の危うさを象徴しています。