なぜ今、全国の高齢者施設や地域コミュニティで「大人のための夏飾り」が熱心に模索されているのでしょうか。その背景には、長年介護の現場で看過されてきた「インファントライゼーション(幼児扱い)」への強烈な反省が存在します。
かつての介護施設壁面装飾(7月・8月)といえば、ひまわりやすいか、入道雲を原色に近い画用紙で丸くデフォルメした、いわゆる「保育園スタイル」が主流でした。しかし、長年社会の第一線で活躍し、豊かな美的感覚を培ってきた高齢者に対して、幼年期向けの造形をあてがうことは、無意識のうちに本人のプライドを傷つけ、無気力(アパシー)を引き起こす要因になり得ることが老年心理学の知見からも指摘されています。
都内大手デイサービスで機能訓練指導員を務める作業療法士は、現場の空気の変化を次のように明かします。「『これ、幼稚園の子が作るやつでしょ?』とそっぽを向いて作業を拒否されていた男性利用者が、職人技のような本格的な切り絵や、落ち着いた色合いの朝顔作りに切り替えた途端、驚くほど真剣な眼差しで指先を動かすようになりました。完成した作品を家族に見せたいと誇らしげに話す姿を見たとき、飾り付けは単なる空間の穴埋めではなく、本人の尊厳と生きがいを取り戻すための舞台装置なのだと痛感しました」。
大人向けに洗練された夏の風物詩は、昔懐かしい記憶を呼び覚ます「回想法」のトリガーとしても極めて優秀です。夕立の匂い、縁側で眺めた花火、軒先の風鈴。感情を豊かに揺さぶるリアルな造形美こそが、大人の心を動かす決定打となっています。